
こちらは桜、当別は残雪 - 粕谷隆夫
2026/03/31 (Tue) 07:47:38
山田名誉教授、もう丸1年たちましたか。「ささやかなわくわく感」ときましたか。
しかし厚田の港は懐かしいですね。
まあ、年1回、峯雲先生と当別訪問は楽しみです。やはり今は亡き貴君のご尊父、ご母堂の思い出を感じられると涙腺が緩みます。
Re: 時の流れの速さよ - 粕谷隆夫
2026/04/02 (Thu) 10:19:54
『水源地』を読み直していると、アッという間に時が過ぎゆく。「ビールを呑まないでね」と後ろから注意されます。編集部の力技で、書庫に眠る紙媒体からディジタル版になりいつでも画面に呼び出せる。吉澤編集長曰く、「われわれに残された時間はそう長くはない。それでもよいのか!」。本誌第3号の発行が2022年2月1日。同月24日、ロシアがキエフへ進軍。
えッ、もうそんな昔。いやいや、10年前、2016年に、ミンスクで『ごん狐』が露語に翻訳されている。水源地第四号(2023年2月1日発行)編集後記。
Re: 驚くべき弁証法
- 吉澤稔雄
2026/04/03 (Fri) 08:31:43
正→反→合……いやいや、驚くべき弁証法的展開だな。
渋谷でK.ロシュコワさんの写真展示会が開催中 - K.Murano
2026/03/29 (Sun) 20:34:01
■PARCO MUSEUM TOKYO の以下のサイトで案内されています。
https://art.parco.jp/museumtokyo/detail/?id=1869
■東京新聞の記事もあります。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/476857
グラフィック・ロマン『ワッカナイ』のご案内 - K.Murano
2026/03/24 (Tue) 11:02:22
樫本真奈美氏から以下の本の紹介文をいただきました。そのまま貼り付けます。
ペテルブルグの<NoAge>という版元から本年、刊行されました。以下のサイトでこの本の表紙や本文のイラストを垣間見ることができます。邦訳はまだありません。
→https://godliteratury.ru/articles/2026/02/13/vakkanaj-poslednij-russkij-sled-v-iaponii?ysclid=mn3y1qi0cr551223523
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自身の旅の記憶と稚内の情景を編み込んだ書籍『ワッカナイ』は、かつてサハリンとの交流に沸いた街の雰囲気を、鉛筆と水彩の淡いタッチで描き出した一冊です。
チューミンさんが初めて稚内を訪れたのは2023年末のこと。
彼を驚かせたのは、商店街の看板や標識に溢れるロシア語だったそう。しかし、そこにはロシア人たちの姿はありません。
「自分の国の言葉がこれほど溢れているのに、誰もそれを読んでいない。まるで『幽霊の言語』のようでした」
この強烈な違和感と、故郷に似たどこか懐かしい北国の空気感が、彼の創作意欲を突き動かしました。
書籍『ワッカナイ』は、全120ページにわたり文章が一切ありません。言葉を排し、読者の想像力に委ねる物語です。
モスクワのイラストレーター、カーチャ・ブロフキナさんと共に1年をかけて制作された本作は、4コマ形式のイラストで静かに進みます。
描かれる風景は、ロシア語が残るアーケード、ノシャップ岬から望むサハリンの影、街中を歩くシカ、そして今は閉店した老舗喫茶店「北門館」等々・・・。
セリフを排した理由について、チューミンさんは「日本人が見るロシア語と、ロシア人が見るロシア語では印象が異なるはず。自由に解釈してほしい」と語る。
消えゆく店や薄れゆく交流の記憶を、彼は「はかなさ」として作品に封じ込めたのです。
2026年3月、4度目となる稚内訪問を果たしたチューミンさんは、地元の関係者と交流を深めました。ウクライナ侵攻以来、途絶えてしまったサハリンとの定期航路や経済交流。政治的な解決が難しい局面だからこそ、彼は「アート」という共通言語の可能性を信じています。
今後は、稚内の中央商店街に世界中のアーティストが集まるような拠点を作る構想や、本作の日本語版出版も視野に入れているとのこと。
「かつての活発な交流を思い起こし、いつかまた以前のような関係が戻る日が来ることを願っています」
草の根交流は大切。絶やさないようにしたい。
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Re: グラフィック・ロマン『ワッカナイ』のご案内 - 粕谷隆夫
2026/03/25 (Wed) 09:26:21
しかし道内の街でも、稚内は独特の雰囲気に包まれていますね。あの街を散策すると妙な空気と喉の渇きを感じます。
すなわち寒冷の中でもビールが美味い。
樫本真奈美氏の講演会のご案内 - K.Murano
2026/03/19 (Thu) 10:12:36
「水源地」でもユーモアあふれるロシア風呂の話など健筆を揮われてきた樫本真奈美氏のレクチャーが都内であります。ふるってご参加ください。(以下、桑野塾からのメール連絡をそのまま貼り付けました)
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日時:4月4日(土)15:00-18:00
場所:早稲田大学戸山キャンパス36号館 682教室
報告者:樫本真奈美
報告タイトル:「ユル・ブリンナー:日本・ロシア・アメリカを繫いだ宿命の家族史」
予約不要、どなたでも気軽にご参加ください。
懇親会はワリカン&事前予約
懇親会お申込: masakatsuishii@gmail.com(石井将勝)
【内容】
1950年代から一世を風靡した世界的な俳優ユル・ブリンナー。出世作のミュージカル『王様と私』をはじめ、映画『十戒』や『追憶』、『荒野の七人』といった名作に出演し、世界中のファンを魅了した。
ユル・ブリンナーは、ロシア、ウラジオストク生まれのロシア人だった。ブリンナー家は、実は日本ともとても深い縁がある。
祖父ユリウスはスイス人の実業家で、明治時代に日本にやって来て長崎、横浜に約10年暮らした。ユリウスは日本人女性と家庭を築き、その子孫はユルの生涯の親友でもあった。アメリカ人貿易商の会社に勤めるうちに海運業、林業に注目し、ウラジオストクに拠点を移して「ブリナー商会」を創業、鉱山業や木材業にも着手して極東ロシアの開発と発展に貢献した人物である。朝鮮半島北部の森林租借権をめぐるユリウスの行動が結果的に日露戦争開戦の経緯に関わることにもなった。
ユルの父、ボリスは兄妹と共にユリウスの産業を引き継ぎ、優秀な実業家として才能を発揮した。ロシア革命の波が極東ロシアを襲い、ブリナー(ユルの代からは「ブリンナー」)家が「ブルジョアで人民の敵」となってからも勇敢にソヴィエト政権と交渉をしたが、逮捕、投獄の危険が及ぶと命がけでソ連を脱出した。再婚したモスクワ芸術座の女優コルナコヴァがユル・ブリンナーの俳優の道を決定づけた。
『ロシアからブロードウェイへ オスカー俳優ユル・ブリンナー家の旅路』(群像社、2023年)の著者ロック・ブリンナーはユル・ブリンナーの長男で、曾祖父ユリウス、祖父ボリス、父ユル、そしてロック自身の人生をそれぞれの時代背景とともに記し、四世代の記録を家族史としてまとめた。
ロック自身はダブリン大学で哲学を修め、ザ・バンドのライヴやモハメド・アリのマネージャーまで務めた経歴を持つ。
日本、ロシア、アメリカを中心に、約150年におよぶ近代史を背景にユル・ブリンナー家の知られざる活躍を明らかにする。
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第一の矢 - 粕谷隆夫
2026/03/19 (Thu) 09:35:56
スズキの中国撤退には非常に驚きましたね。もう製造ラインはすべて撤去され、がらんどうの工場外壁しかなし。自動車の製造に関しては、裾野が広い。第一次、二次の下請け工場、そして労働者の飲み屋街、商店・・・何万人ものの人が口に糊している。
スズキの基幹工場が消え去るとひとつの都会が消え去ります。露骨に技術を移転させる要求を表に出すのは、共産党のアホはいつまでもアホのままですね。小生が20歳代に出現したアルトにもビックリした思い出が残っております。
第二の矢はホンダ、第三の矢はトヨタでしたね。(もちろん撤退の内容と方法は違いますが)
No War! / Нет войне! - K.Murano
2026/03/05 (Thu) 22:51:44
トランプの所業にはうんざりだが、ネットで米国のジェーン・フォンダ(88)が反戦デモに参加したことを知った。→
https://news.yahoo.co.jp/articles/078e56390a5db03f382a9f79bdffffd39305065e
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【SPURセレブ通信】
俳優で活動家のジェーン・フォンダ(88)が、2026年2月28日(現地時間)、ロサンゼルス中心部で行われた反戦デモに参加。アメリカとイスラエルがイランへの共同攻撃を開始したことに対し、抗議を行った。
(中略)
群衆の前に立ち、「今この瞬間にも、親たちは瓦礫の中から子どもたちを引き出している」と力強く語り始めたジェーン。
(中略)
「これは再び、虚偽の情報に基づいた戦争だ。私はベトナム戦争を思い返さずにはいられない」と切り出し、「歴史の教科書には書かれていないが、(当時の)アメリカの反戦運動はあの戦争を終わらせるうえで大きな役割を果たした」と語ったジェーン。
そしてこう続けた。「私は心から信じている。この国の多くの人たちがベトナム戦争、イラク戦争、アフガニスタンでの紛争、その他の不要で不法な争いに対して、声を大にしてはっきりと言うことができると学んできた。私たちアメリカ合衆国の人々は、トランプ政権に伝えるためにここにいる。あなた方は私たちの名のもとにこの戦争を遂行するかもしれないが、私たちの同意を得て、ではない!」。
さらにジェーンはトランプ大統領を激しく批判。「トランプは悲しく、常軌を逸した男だ。彼は多方面で戦争をしている。彼は民主主義に、私たちの憲法上の権利、とりわけ修正第1条、言論の自由と集会の自由に対して戦争をしている」などと述べた。(後略)
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もはや残日録に入りましたね。 - 粕谷隆夫
2026/02/25 (Wed) 09:15:07
弊社は2月末決算。銀行3行の担当者が出入りしている。アル中の専務は無視されています。
「勝手にしやがれ!」。
Re:過ぎ去った時間 - 粕谷隆夫
2026/02/27 (Fri) 09:39:31
会社の倉庫を少し整理すると、もう過ぎ去った過去の時間、それもわたくし自身の時間がひょっこり出てきてビックリしますね。
写真は雪景色の西岡水源池。そうそう、『水源地』第10号の原稿締切りは4月9日です(送付先:村野氏宛てメール)。よろしくお願いいたします。
Re: 原稿は粕谷発行人へもどうぞ! - K.Murano
2026/02/28 (Sat) 21:21:49
これまで「水源地」に寄稿した方々のなかに私がそのメールアドレスを知らなくて、粕谷さんのほうでご存じの方々もおられます。そうした方々へは粕谷さんのほうからアプローチをかけて、原稿をメールの添付ファイルでいただいてください。
つい最近、乗松亨平『ロシア宇宙主義全史 神化思想からトランスヒューマニズム・人新世へ』(講談社選書メチエ、2026.1.14第1刷)(2100円+税)を通読したのですが、ロシア人のなかには「とんでもない」ことを考える人間がいることがよくわかる本です(とはいっても私の脳髄にはむつかしかったですが)。なんせ、人類誕生から今日までに出現した個々の人間のすべてを「再生」させるプロジェクトなんてあるわけですので。これが遠い(?)将来に実現したら、我々はまた地球(があれば)のどこかでお会いできるわけです。
なかなか面白い本なので、粕谷さん、一読をお勧めします。
ちなみに、この本の「第5章 ヴェルナツキー 進化の統御(不)可能性」の主人公のヴラジーミル・ヴェルナツキー(1863-1945)という学者は「水源地」に少し拙訳を載せましたが、コロレンコ(1853-1921)の third cousin に当たります。
Re: 「水源地」 - 天道公平
2026/03/15 (Sun) 20:34:18
以前、乗松享平さんはある座談会でこんなことを語っていました。
「イリインについては、わたしは今回初めてきちんと読みました。座談会の直前にエヴラームピエフの『ロシア哲学史』が翻訳されましたが、イリインにかんしては、この中の一章がおそらく日本語で読める唯一のまとまった論考です。」
この発言が事実でないことは、雑誌「水源地」の読者ならば気付くはずである。イーゴリ・エヴラームピエフの『ロシア哲学史∶〈絶対者〉と〈人格の生〉の相克』(水声社、2022年)の刊行された年の2月には「水源地」第3号が発行されており、渡辺雅司先生によるアレクサンドル・キセリョフのイワン・イリイン論「哲学者の歌う心」を読むことが出来ているからである。
乗松享平さんが「水源地」の存在を知らないのは当たり前のことですが、私が指摘したいのは、「水源地」で渡辺先生の翻訳を読めるということが、どれほどの恩寵なのかを少しは知ってもらいたいということです。
乗松享平さんのような専門家でさえ、イリインをきちんと読むのは初めてだと言っているぐらいですから、イワン・イリインは日本ではほとんど読まれていないと思いますが、エレーナ・ペトロフスカヤ(美術批評家、思想誌『青いソファ』編集長)によると、「ベルジャーエフとイリインは、いまロシアでは下院議員のだれもが読んでいますね。」というぐらい読まれているそうです。なぜそんな事態になっているのかといえば、この二人の哲学者はプーチンのお気に入りで、大統領演説の中で言及しているからです。国家公認というわけです。
今のロシアという国を知るために、渡辺先生の訳業がいかに貴重なものであるか少しは伝わったでしょうか?「水源地」にアクセス出来る喜びが少しは増したでしょうか?
Re: 感謝 / スパシーバ! - K.Murano
2026/03/15 (Sun) 22:01:39
天道さん、ありがとうございました。
ご投稿はコピーして渡辺先生へ送付します。先生にとって励みになるのでは、と思います。
三日月書店のほうですが、その後、女性店員に天道さんの当店訪問記の感想を聞き出していません。あしからず。彼女が国分寺市の出版社のかたと雰囲気がどこか似通っているのではないか、という天道さんの推測にはちょっと驚きました。当たっています。
「水源地」は4月で第10号です。短いものでも結構ですから、気軽にご投稿ください。
三省堂書店「神保町本店」再スタートへ - K.Murano
2026/02/11 (Wed) 19:31:51
三省堂書店の神保町本店が来月19日に(新しいビルの1~3階を占めて)オープンします。以下、ネット記事から。お暇な際には是非、神保町へ!
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●三省堂書店は(2025年)12月2日、建て替えのため2022年から閉店していた「三省堂書店 神田神保町本店」を、創業145周年を迎える2026年3月19日に開店すると発表した。
●新本店の書籍・雑誌の売場面積は約600坪で、旧本店の6割に縮小。カフェやイベントスペース、雑貨売場などを設ける。現在運営している仮店舗は26年1月31日に閉店する。
●地上13階建の「神田神保町本店ビル」が26年1月に竣工。うち1~3階に書店が入る。書籍・雑誌(600坪)の他、「神保町いちのいち」と名付けた文具雑貨エリア(30坪)、カフェ(45坪)、イベントスペース(13坪)を設置する。4階には、集英社のオリジナルグッズなどを販売するテナントの「THE ジャンプショップ 神保町」が入り、5階から13階はオフィステナントとして貸し出す。
●新店舗のコンセプトは「歩けば、世界がひろがる書店。」。本を通じてあらゆる世界の入り口となる、顧客の人生の転機のきっかけとなる書店を目指す。
(以上 https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2512/02/news104.html)
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なお、タウン誌「神保町が好きだ!」が第19号(2025.10.15発行)で終刊となった。この号には街おこしに奮闘してきた神田神保町で働く新旧の世代の座談会が掲載されている。新の方の世代の座談会には今の三省堂書店社長の亀井崇雄氏も参加されている。
このタウン誌の発行人は八木書店社長の八木壮一氏。月刊誌「日本古書通信」の発行人だ。惜しくも昨年12月発行の通巻1157号で終刊となった。昭和9年(1934)から91年目の幕引きである。凄い、としか言いようがない。
Re: 「月刊むし」だけが頼りだ! - 天道公平
2026/02/18 (Wed) 23:51:56
世界に誇るべき雑誌が日本には二つある。「日本古書通信」と「月刊むし」である。
···というのが、私の長年の持論だったが、その寿命もとうとう尽きてしまった。淋しい。
後はもう「月刊むし」に希望を託すしかない。こういう雑誌を歓迎してくれる日本の子供たちが続々と生まれてくれることを切に願う。この日本で〈むし社〉が存続出来ないような社会にはなってほしくない。
方波見雅夫先生のこと - K.Murano
2026/02/03 (Tue) 20:48:45
藤原書店の冊子体の月刊誌『機』に、北海道奈井江町の方波見医院(創設1923年!)の院長である方波見康雄(かたばみ・やすお)氏(1926年生)による「『地域医療百年』から医療を考える」が連載中で、最新号=2026年1月号(通巻406号)で第53回を迎えた。表題は「人生百年の回顧」。以下、その冒頭と末尾の一節とを引用する(適当に改行した)。
なお、康雄氏は2024年1月に同書店から『医療とは何か 音・科学・そして他者性』を上梓している(本ブログ2024/05/16付で宣伝)。
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新しく年が明けて2026年、とすると1926年生まれの私は満年齢と数え年と共に百歳を越えたことになる。一番驚いているのは当の本人だが、あの世の母親も驚いていることだろう。生まれつき病弱で、小学校時代は病気ばかり、(中略)
こういう経験も忘れがたい。
太平洋戦争開始当時、東京外国語大学ロシア語学科学生だった次兄は学徒召集の際、安易な俄か仕立ての将校の道でなく一兵卒の道を選び苛酷ないじめに遭い、見かねた上官が暗号解読の陸軍参謀本部に回してくれた。
次兄は東京の旧制高校受験を目指した私に忠告した。
「東京はいずれアメリカの大空襲にさらされ、文系は兵隊に取られ、日本は敗戦となる。札幌の北大医学部の予科医類(旧制高校)で、医師になってくれ」。
そして敗戦となった。東京大空襲にあった兄は札幌に戻り、戦後は大学の社会科学の教授となっている。
私が医師として今日あるのも、百年の人生も、こうした数え切れない人々の導きのお陰と思っている。
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上記の「次兄」とは方波見雅夫氏(元・札幌学院大学人文学部教授)のことで、札幌大学外国語学部ロシア語学科が発足した1967年から同学科の教授を務めたが翌年に退職した(「水源地」9号所載の相馬守胤氏著「札幌大学ロシア語学科の歴史 1967~2000年」参照)。
その後、雅夫氏は札幌学院大学人文学部教授となったが、私が札幌大学に在学中の1970年代中葉は非常勤講師として札幌大学で「ロシヤ一般史」の教鞭を執られておられた。
その授業中、雅夫氏がしばしば顔をひきつらせたことを覚えている。受講生の我々が何かわるさを仕出かして立腹しての意図的な表情ではなく、なんというか、授業の進行をよりスムースにさせるために「一呼吸」入れる、といった感じの顔面の変化に思えた。
が、今回、弟の雅雄氏の上記の文章をみると、兄の雅夫氏は太平洋戦争中、ビンタなど軍隊で「苛酷ないじめ」に遭われている。となると、あの顔面の「線」の表情の変化はあの時代の日本軍での「いじめ」の痕跡だったのかもしれない。
温厚な先生だった。
当時、同級生の一人か二人かと共に雅夫先生の北大近くだったかのご自宅を訪問して、その応接間に明るく日が差していたことをうろ覚えに覚えている。
「労働科学の権威」だったそうだが、今のインターネット時代ならすぐに検索できたところだが、当時の我々には先生がそうした専門家であるとはまるで知らなかった。
Re: 正誤表 - K.Murano
2026/02/03 (Tue) 21:02:44
上記:
(誤)が、今回、弟の雅雄氏の
(正)が、今回、弟の康雄氏の
Re: 補足 - K.Murano
2026/02/03 (Tue) 21:43:51
途中まで無料でその先は有料ですが、北海道空知郡奈井江町(ないえちょう)の方波見医院についての記事があります。→ https://www.tokyo-np.co.jp/article/323397
奈井江町の方波見雅雄先生(百歳)の息子さんも医師で、札幌市内で開業しています。→ https://katabami-naika.jp/concept
Re: 正誤表 - K.Murano
2026/02/03 (Tue) 21:46:26
上記:
(誤)奈井江町の方波見雅雄先生(百歳)
(正)奈井江町の方波見康雄先生(百歳)
Re: 補足(2) - K.Murano
2026/02/04 (Wed) 18:39:19
このブログを読まれた札大ロシア語学科一期生の山谷氏からご教示があり、方波見雅夫先生のご専門は「労働医学」だったそうです。平凡社刊の『ロシア・ソ連を知る事典』(1989年8月初版第1刷発行)の見出し語にはこの用語はなく、「医療制度」なら立項されています。
今、ネットのロシア語AIでみると、「労働医学」(Рабочвая медицина)とは「包括的な国営の勤労者健康保護制度」のことであり、それは「無料、汎用(誰でも利用可)、予防」の原則に基き、「企業内の医務室、保養地医療、検診」などを含む、とあります。
つまり、「次兄」の雅夫先生は医師にこそならなかったけれど、医学と無関係の道を歩まれたわけではなかったわけです。
Re: 方波見雅夫先生のこと - 粕谷隆夫
2026/02/05 (Thu) 10:12:34
村野氏の文章を読んで昔(青春時代)を思い出し、しばらく心の整理ができませんでした。
「そうか、方波見先生の弟さんか・・・」。細君も驚いておりましたね。先生は『ソビエト事情』の講座を担当していて、確か必修だったんじゃなかったか。
わが恩師の貝沼先生と旨そうに日本酒の盃を交わしていた記憶が鮮明ですが、あれはどこの居酒屋だったんだろう。雪がチラついていたが・・・。
Re: 札大ロシア語学科の「国情研究」 - K.Murano
2026/02/06 (Fri) 19:52:01
「水源地」9号所載の相馬先生の「札大ロシア語学科の歴史」をご覧ください。1976年度の当学科のカリキュラムが掲載されています。
それによれば、「必須科目」(1~4学年)は「ロシヤ語」「ロシヤ文学」「国情研究」の三部門に分かたれていました。
三番目の「国情研究」とは、1学年か2学年時に選択すべき「ロシヤ現代史」と「ソビエト事情」、3学年か4学年対象の「ロシヤ一般史」と「ロシヤ地誌」、でした。
なお、上記「労働医学」のところで「企業内の医務室」を挙げましたが、私はてっきり医師が詰めていたのかと思い込んでいましたが、どうやら現実の大勢は違っていたようです。看護婦しかいなかった。当該の工場などの職場で急病人や負傷者が出た場合、その看護婦が救急車を呼ぶかどうか判断した、とのことです。ソ連時代を知る或るロシア人から聞きました。
ただし聞いたのは一人だけですから、どの程度「一般化」できるのかはわかりません。
ソ連時代(今も?)は医療の「質」が問題だったとはよく言われてきた方だとは思いますが。