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ラーゲリ、岡田嘉子、内村剛介 - K.Murano

2026/10/28 (Wed) 01:23:54

 本年(2026)9月に小野十三郎(1903-1996)『詩文集 葦の地方』(中公文庫)が刊行された。巻末の「編集付記」をみると「本書は著者の詩、批評、回想の各ジャンルの作品を独自に選んで編集したものである。中公文庫オリジナル。」とある。

 この中に岡田嘉子(よしこ)(1902-1992)がちらっと出てくる文章がある。「葦原の痕跡 花田清輝のこと」という文章で、花田清輝(1909年生)が1974年9月23日に亡くなったあと、同年11月に岡田嘉子が大阪に来たあとに執筆されたものだ。
 以下、嘉子の登場する部分を引用する。(括弧内は引用者による。適当に行替えした)

       ━━━━━━━━━━

 きのうの夕、奈良の学校からの帰り、法善寺前の行きつけの喫茶店「ルネ」に立ち寄ったら、奥の椅子にベレーがよく似合う一人の老婦人が黒いサングラスをかけて坐っていた。そばに、宇野重吉(1914-1988)さんと米倉斉加年(まさかね)(1934-2014)さんがいたので、すぐ岡田嘉子さんだとわかった。日本に滞在中の岡田さんは、劇団「民芸」が取り上げたオストロフスキーの「才能とパトロン」の演出で、東京公演を終えて大阪に来ていたのである。
 
 彼女が(1938[昭和13]年1月3日に)樺太国境の雪を蹴って(演出家の杉本良吉とともに)日本を脱出したのは約半世紀昔、わたしが未だ二十歳をいくらも出ない青年だったころだ(実際は十三郎が三十五歳の頃)。これは私の若き日に起きた最も衝撃的な事件だった。

 その岡田嘉子さんに、まったく偶然にも大阪のこんなところでお会いすることができたのである。岡田さんはすっかり白髪になられたが、美しく、そしてお元気そうだった。

 米倉さんに紹介されてご挨拶しているうちに、私は近刊の詩集の中に、「越境罪」という詩があることを想い出した。幸い店にその詩集(『拒絶の木』)があったので、他の詩は読んでいただけなくでもよろしいが、この詩だけ、東京への帰りの飛行機の中ででも読んで下さいといって一冊差し上げた。

 私の口から、越境という言葉が出るや、岡田さんは相好をくずして笑った。岡田さんのそのときの美しい笑顔がいまも印象に残っている。
 私が「越境罪」という詩を書いていたとき、岡田嘉子さんのことは念頭にはなかった。また、(この引用文の手前で)花田清輝にこの詩の感想をききたかったといったが、その花田の姿も(執筆時には)頭の中になかった。(後略)

       ━━━━━━━━

 このくだりを読んで思ったのは、「樺太国境の雪を蹴って」のこの戦前の大女優の「恋の逃避行」が当時の日本国民にとってどういう「衝撃的な事件」だったのか、ということが一つ。
 もう一つは、昔、内村剛介(1920-2009)がこの大女優に「かみついて」、そのことが当時のスポーツ新聞に取り上げられたことがあった、ということだ。
 内村氏は岡田嘉子の自叙伝のなかにすっぽりとラーゲリ・監獄時代(1938年1月~1947年12月)が抜け落ちていることに不満で、その点を衝いた。ちょうど1979年に「わたしの自叙伝 NHK編」全3巻が上梓され、そこに岡田嘉子と内村剛介の自伝的文章が(収録の巻は違えど)並んで収録されたことが、内村氏が立腹したきっかけとなった、と推測する。

 今度、「水源地」11号から高柳聡子氏の「ラーゲリと女性たち」の連載が始まったが、高柳氏がそこで翻訳し引用したアンナ・バルコーワ(1901-1976)の以下の詩の一節に、私はまた、岡田嘉子を連想した。

       ━━━━━━━━

白夜 春の夜
北方の五月の雪が降っている
私は急ぎ足で危険から離れ
みすぼらしい囚人の宿舎へ向かう

むっとするバラックの中には不安げな闇
心の中には不安と半ば譫妄(せんもう)のごときもの
ここではなにもかもが縺(もつ)れている 春と冬が
「はい」と、消え入りそうな「いいえ」が縺れている

      ━━━━━━━━━

晴耕雨読 - 粕谷隆夫

2026/10/26 (Mon) 09:24:06

 我が同期の札大露語名誉教授、山田先生。

 まあ、永い付き合いです。石狩当別の四季の移ろいはなぜか懐かしいです。まあ、云う事なしですね。

 峯雲先生とまたお邪魔しますか.


Re: 晴耕雨読 - 粕谷隆夫

2026/10/27 (Tue) 09:20:04

「あなた頭大丈夫?」・・愚妻が時々呟きます。

 若き頃、梅棹忠夫の岩波新書『知的生産の技術』を読了した驚きは今も死んではいません。川喜田二郎の『発想法』も同様。大御所、パスカルの言葉。自然界では人間は一本の葦のように弱いが、考える力を備えているという言葉からも力を得ましたね。

 しかし今、愚妻と公園を散歩しても、「両腕をもっとしっかり振って」と注意される。ばかばかしい。

 昔はひらめいた考えを消え去るのを防ぐため、手帳に書き留めたものだったが・・・。

 「あなた本当に大丈夫なの?」・・・最近は多くの方々から心配されております。

砂澤凉子さんからの返信 - 粕谷隆夫

2026/10/19 (Mon) 09:49:58

 11月3日、札幌のSCARTSスタジオで、彫美連続講座が開かれます。

 なんと『刊行50年 砂澤ビッキ』青い砂丘にて。

 凉子さんご自身も登壇してお話しするとの事。ビッキさん・・・【彫刻】とはまた違う【言葉】の世界ですか。

 社内では、「もう半分引退しているのだから札幌へブラリ行ったら」との応援歌です。

『青い砂丘にて』砂澤ビッキ - 粕谷隆夫

2026/10/19 (Mon) 09:20:13

 50年ぶりに復刊でしたか。

 ビッキさんの奥様は凉子さん。もと札大図書館司書で、図書館の充実に尽力されました。

 小生やわれらの仲間達がどれほどお世話になったことか。さまざまな思い出が走馬灯のように目に浮かびますね。札幌も秋深しの季節です。

「2027年チェルノブイリ41年救援カレンダー」発売中です! - K.Murano

2026/10/18 (Sun) 00:45:32

 「水源地」11号にご寄稿の佐々木真理氏の文章の末尾にもありましたが、今、「チェルノブイリ子ども基金」では、2027年のカレンダーを発売中です。以下、同「基金」のHPから。

      ━━━━━━━━━━

【2027年チェルノブイリ41年救援カレンダー】

 「チェルノブイリ子ども基金」は、1986年のチェルノブイリ原発事故で被災したウクライナ・ベラルーシ両国の病気の子どもたちのための保養プロジェクトを1996年から行っています。
 一定期間でも放射能汚染の少ない地域で安全な食べ物や環境に身を置き、日頃のストレスから解放される保養は、子どもの健康維持や回復に有益であると評価されています。
 原発事故による放射能は、40年以上経過した今も人々の健康と環境をむしばみ続けています。
 さらに2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻により、チェルノブイリ被災地に暮らす子どもたちは、放射能と戦争という二重の被害を受けています。
 このカレンダーは保養に参加した子どもたちの写真で構成されています。

 カレンダーの収益は、チェルノブイリと福島の原発事故により被災した子どもたちの救援金にあてられます。2026 年版の収益は134万円でした。

◆定価1,000 円  送料:9部まで200円、10部以上300円
◆お申し込み方法:E-mail、Fax、または郵送でお申し込みください。
◆お支払方法:お届けするカレンダーに同封の郵便振替用紙でお振り込みください。
◆カラー、サイズ:縦30cm× 横21 cm(見開きA4 サイズ)
◆写真提供:ウクライナ「チェルノブイリ・子どもたちの生存」、ベラルーシ「子ども健康回復センター 希望」
◆デザイン:川島進デザイン室 
◆発行・制作:チェルノブイリ子ども基金

【問合せ・申し込み先】
チェルノブイリ子ども基金
〒177-0041 東京都練馬区石神井町3-16-15-408
TEL/FAX 03-6767-8808
cherno1986@jcom.zaq.ne.jp

「バシュラル先生SOLO」 - K.Murano

2026/10/18 (Sun) 00:12:45

 Web「水源地」11号(昨日発行)にご寄稿の伝宝詩子氏が経営する画廊「ぎゃるりでんぐり」からの御案内です。https://www.galeriedenguri.com

      ━━━━━━━━━━━━

■はらだたけひで
新作絵本「パシュラル先生のゆめ」原画展
パシュラル先生 SOLO

11月10日(火)~23日(月・祝) 12時~18時
※18日(水)休廊

<作家在廊日>
14日(土)・15日(日)・21日(土)・22日(日)・23日(月・祝)各日14時頃~18時

※上記以外の在廊日はギャラリーにお問い合わせください。ぎゃるりでんぐりのSNS(Facebook・Instagram)でもご案内します。

      ━━━━━━━━━━

 詳しくは、「水源地」11号所載の伝宝氏の文章をご覧ください。
 はらだたけひで氏は「〔パシュラル〕先生を大切にすることは不安にみちた今の時代への小さな抵抗だ」と言っているそうです。

ロシア政府は道新記者を即時解放せよ! - K.Murano

2026/10/15 (Thu) 21:38:09

 「水源地」11号にもご寄稿の山谷氏は、元・道新記者です。モスクワでも活躍されていました。
 以下、本日配信のネット記事から。

     ━━━━━━━━━━━

【米ジャーナリスト団体 ロシアに拘束の北海道新聞記者の即時解放求める】

10/15(木) 19:14配 TBS News Dig

 アメリカの民間団体「ジャーナリスト保護委員会」は、北海道新聞の男性記者がFSB=ロシア連邦保安局に拘束されたことを受け、ただちに解放するよう求める声明を発表しました。

 ニューヨークに本部を置くCPJ=ジャーナリスト保護委員会は14日、声明で、FSBがスパイ容疑で北海道新聞の日本人記者を拘束したことについて「極めて恐ろしい」と述べ、日本人記者をただちに解放するよう求めました。

 CPJは、ロシアのスパイ罪には最長20年の禁錮刑が科される可能性があると説明。日本人記者が拘束される様子などについて、2023年に同じくスパイ容疑で拘束され、2024年に禁錮16年の判決を受けたアメリカのウォールストリート・ジャーナルの記者に触れ、「アメリカ人記者が経験した苦難をほうふつとさせる」と指摘しています。

 そのうえで、「ジャーナリストを国家間の対立のための交渉材料にしてはならない」と非難しました。

 CPJによりますと、ロシアでは、取材活動に関連してこれまでに少なくとも30人の記者が拘束されているということです。(TBSテレビ)

      ━━━━━━━━━━━

お待たせしました・本日公開です - 吉澤稔雄

2026/10/15 (Thu) 16:39:14

たいへん永らくお待たせしました。「水源地」第11号、本日公開となりました。今回も前号に次ぐ満載の特盛です。

https://suigenchicom.web.fc2.com/magazine.html

この先まだ多少の手直しがあるかもしれませんが、これでやっと肩の荷をおろすことができました。投稿してくださった皆様に深く感謝申し上げます。そして村野さん、今回もご協力ありがとうございました。お疲れさまでした。

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Re: 吉澤編集長こそ御苦労さまです - K.Murano

2026/10/15 (Thu) 21:21:42

 あわただしい中、吉澤編集長のほうこそ御苦労さまでした。ずいぶんすっきりと、きれいに仕上がっているなあ、と感じました。

 私自身は短い拙訳を少し並べましたが、「戦時下」のロシア人(ウクライナ人も!)がどうしているのか、関心があるからです。

 早く戦争が止まってくれるといいのですが。

無題 - 粕谷隆夫

2026/10/14 (Wed) 09:29:12

 この16日に『水源地』第11号、編集終了です。

 吉澤編集長、村野校正者の努力の賜物です。

 この佐々木さんは94歳ですか。こちらは74歳です。まだまだ頑張らねば・・・。

版画家、宮山広明さんの展覧会 - 樫本真奈美

2026/10/09 (Fri) 17:41:45

皆さま

友人の版画家、宮山広明さんの展覧会情報を紹介させてください。

宮山広明さんは、台湾、イタリア、ロシア、アメリカ等で個展を行ってこられました。

以前ウラジオストクで、源氏物語を題材にした「花見立て源氏物語」シリーズの展覧会が好評を博し、あまりに人気があったため、1か月の展示予定が3カ月に延ばされたこともありました。

「花見立て源氏物語」は、ロシアで2年前に画集が発行されています。

また、宮山先生はウクライナ支援の一環で、ウクライナだけでなく世界中のアーティストに呼びかけて作品を送ってもらい、売上金を寄付するチャリティーも数年続けて行われていました。

私も、届いた絵を額縁に収める作業をお手伝いしました。


今回は、台湾のアーティスト林秋芳さんとの二人展です。銅版画から水墨へと表現を広げる宮山さんと、水墨から版画へと創作を展開する林さん。お二人の作品がどのように響き合うのか、楽しみです。

会期は10月12日(月)〜17日(土)
会場は銀座のYWゆう画廊です。

【宮山廣明・林秋芳 二人展】
2026年10月12日〜17日
YWゆう画廊

東京都中央区銀座3-8-17
ホウユウビル5・6階

Re: 版画家、宮山広明さんの展覧会 - 樫本真奈美

2026/10/09 (Fri) 17:44:24

ウクライナチャリティー展の、当時の新聞記事です。

この方は73歳、同時代ですね。 - 粕谷隆夫

2026/10/09 (Fri) 12:27:42

 村野克明さんと思ったら、高井克明さんでした。

 お姉さんは81歳、ご健勝ですか。若き頃の万年筆、なつかしいです。

 学生服の胸ポケットにさした万年筆、中学生よ、さらばでしたね。

Re: まだ寄稿できます、チャレンジしてみては? - K.Murano

2026/10/10 (Sat) 11:24:13

 「水源地」11号の「目次」がアップされていますが、粕谷発行人のお名前がありません。どうしたのですか?

 10/14(水)夜あたりまででしたら、吉澤編集長のご都合もありますが、何とかなる、と思います。原稿用紙一枚の分量でもいいから、随筆・エッセイの類いでもご寄稿したらどうなのですか。

 毎日のように本欄に書き込みする「筆力」(?「つぶやき力」)があるのですから、例えば、倉庫の自室(?)の図書整理のことなど、書いてみたらどうですか。

 今回は重度の身体しょうがいを抱え毎日懸命にリハビリに励みながら仕事もしているロシア人が寄稿してくれました。粕谷発行人も奮起して、つれづれなるままに「精神の運動」をしてみたらどうですか。

 ワード原稿作成が面倒なら、私あての e-mail のなかで、原稿にあたる文章を入れ込んでいただければ、よいのです。添付ファイルの必要はありません。あとは、私のほうでやりますから。

 誰が言ったのか、「持続は力になる」です。11号に載せれば、12号にもつながることだと思います。

 ぜひ、前向きにお考え下さい。

Re:チャレンジの結果は空虚でした - 吉澤稔雄

2026/10/15 (Thu) 08:27:25

もうすぐ公開しますが、「・・・・・・・・・・?」でした。

村野さんのご母堂は天才です  - 粕谷隆夫

2026/10/06 (Tue) 09:26:06

 村野さんのご母堂の文章に触れると、胸が震えますね。不思議なものです。まずは明るく、なぜか笑ってしまいます。

 まさか横須賀の海軍病院が霧の中から突然現れてくるとはね。『霧』といえば、吉澤先生が、青春の高校時代、辻邦夫を読めと薦めていましたが・・・。



Re: あの世で苦笑してます、たぶん - K.Murano

2026/10/06 (Tue) 12:58:06

 お言葉ですが、「私は天才なんかじゃないよ」とあの世で母は苦笑していますよ、たぶん。

 福島さん主宰の「名田島お茶の間通信『せせらぎ』」に継続して寄稿させてもらったことが大きかった、と思います。福島さんには心から感謝。

 あと、横須賀市が市史の編纂事業で、昭和20年(1945)7月18日の横須賀市への本格的な空襲に関する体験談を収集する作業をしていた、ということがあります。

 どこで聞き込んできたのか、その編纂委員から電話でのインタビューがあって、記憶が呼び覚まされたのです。その頃、会うたびに、その横須賀海軍病院での被災の話を聞かされるものだから、「いっそのこと文章にして残したらどうか」と私から勧めたのです。そしてその書いたものを福島さんの個人雑誌に載せていただいた。それが「友に代わりて青空を見る」です。

 ま、そういう経緯はともかくとして、本日は「水源地」11号原稿の締切日ですが、粕谷発行人は随筆・エッセイの類いはお書きになりましたか?

Re: あやふやな記憶 - 吉澤稔雄

2026/10/06 (Tue) 18:03:16

あやふやな記憶をそのまま書くのではなく、せめて辻邦生(邦夫ではありません)の作品刊行年次くらいは調べてから書いた方がいいぞ。高校時代に辻邦生は……たぶんないはず。念のため手元にある辻邦生の本の発行年を調べてみたら、最も古いもので昭和47年となっていた。

「霧」と辻邦生の関係性も、小生にはわかりませんね。

倉本聰と徴兵拒否 - K.Murano

2026/10/02 (Fri) 21:09:38

 脚本家・演出家の倉本聰(1935年生)が亡くなった。古本の『向田邦子(1929-1981)全対談集』(世界文化社、1982.8.23発行)を覗いたら、向田と倉本の対談があったが、「芸談」(台本をどう書くかなど)なんかこれっぽっちもなく、ハナシは弁当箱、カレーライス・ライスカレー、履物(わらじ、草履、下駄、靴、裸足)に終始していた。

 それはともかく、倉本作品では超有名な俳優ばかりが出演しているものばかりがネット上あげつらわれているので、アタマを切りかえてみて、地味だが大いに考えさせるドラマ「やすらぎの刻~道」(2019~2020年)の特徴についてAIに質問してみた。
 以下、その返答である。

       ━━━━━━━━━━━

 ご提示いただいたキーワードは、倉本聰脚本のテレビ朝日開局60周年記念帯ドラマ『やすらぎの刻〜道』(2019〜2020年放送、『やすらぎの郷』の続編)の核心となる設定を指しています。

 この作品では、以下のような重厚な物語が展開されました。

1. 「やすらぎ」と「道」の二重構造

前作『やすらぎの郷』(2017年放送)の舞台である老人ホームの物語(「やすらぎ」パート)と並行し、主人公の老脚本家・菊村栄が執筆する「脳内劇(劇中劇)」としての『道』が描かれる二重構造の物語となっています。

2. 戦前の若者たちが直面した「徴兵拒否」

劇中劇『道』の「昭和編」では、山梨の山村を舞台に、戦争に翻弄される戦前の若者たちの苛烈な運命が描かれました。特に、従来の戦時ドラマではあまり深く触れられなかった「徴兵拒否(忌避)」の様相がリアルに描写され、大きな反響を呼びました。

● 根来鉄平(兄): 猟師であり、「食うためでもないのに生き物を殺すのは嫌じゃ。殺すのも殺されるのもかなわん」と、赤紙を拒否して山奥へ逃亡し失踪します。
● 根来三平(弟): 戦争に行くことに葛藤し、鉄平のように山へ逃げたいと家族に訴えますが止められます。絶望した彼は、赤紙が届いた夜に屋根の上で毒を飲み、自ら命を絶つことで徴兵を拒否しました。家族は非国民としての処罰や社会的抹殺を防ぐため、これを「屋根の修理中の転落事故」と偽装せざるを得ませんでした。
● 根来公平(主人公): 自身の徴兵を免れるため、わざとトラックに轢かれて足を骨折するという手段(自傷による徴兵忌避)をとる描写もありました。

 倉本聰氏は、華やかなテレビ界の過去を生きる老人たちの現実と、彼らが若き日に見過ごした、あるいは経験したかもしれない「戦争という重い狂気」を、この二重構造を通して鮮烈に浮かび上がらせました。

      ━━━━━━━━━━━

 この作品の女主人公しの(清野菜名)が一時、横須賀の海軍病院に勤務し、時間内にそこを抜け出して公平(?)と路上で落ち合う場面があった。
 が、あれは、あの病院にいたことのある村野宏子に言わせると、倉本氏の見当違いだとのこと。海軍の本丸にあったあの病院は機密保持が厳重で看護婦は外出を許されていなかったそうである。

ボケの道? - 粕谷隆夫

2026/10/01 (Thu) 09:41:34

 「ほんとうにボケたんじゃないの。構内に、産廃box置いてあるじゃない。あと中央アジア向けのリサイクル梱包も終了しています」。

 「ほら、これが産業廃棄物管理票。マニフェストですよ」。

 「うるせいな!」。

ありがたい助言ばかりですが・・ - 粕谷隆夫

2026/09/29 (Tue) 10:01:06

 クニージニク村野氏や川上兄の助言のありがたみは身に沁みています。しかし会社の書庫の古びた書籍の焚書が簡単にできないのも現実の姿。

 リタイヤをしましたが、相変わらず会社に顔をだして、午前10時39分発の関東鉄道常総線(石下駅)の列車に乗ってボーッと帰宅。「大丈夫ですか」と若手に言われております。

 『この世はまさに生きている人の世の中です』ね。『三足ふたたび夫おもふ』か・・・笑ふしかなしね。

 そういえば、昔の時代、長男は兵役を免除されたという話は、小生が幼い頃、長老から聞かされましたね。

Re: 健康第一 / 本の整理 / 日露戦争 - K.Murano

2026/09/29 (Tue) 20:06:04

 仕事や職場に愛着があるのはお察ししますが、健康第一です。人生刷新、人生再スタートのつもりで、思い切ってライフスタイルを替えたらどうですか。すなわち、もう、倉庫通いなどやめるべき潮時にきておられるのではないか、と、これも、お察しします。息子さんが立派にやっているのだから、なおさら、でしょう。

さて、日本全国どうなってるのかは知りませんが、私の知っている限りでは、自治体では毎月、日を決めて、古い雑誌や図書を無料で回収しています。

 御社の位置している自治体に電話して訊いてみたらすぐにわかるはずです。ためしてみたら、どうですか。

 実際に古雑誌、古本を運ぶのが肉体的に面倒でしたら、それこそ御社の元気な社員に頭を下げて頼めばいいのです。その報償は、これを読め、と古本のなかから取り出してプレゼントすればいいのでは?(笑)。

 ところで、上記の引用なさった文章は、日露戦争から話を始めていますが、明治時代に徴兵制が始まったのは、日清戦争(1894-1895)よりも以前のことです。
 以下、私の質問にAIが答えたものを貼り付けました。(ちなみに、ロシア語ではAIのことをИИと言います。イーイー、とはずいぶんと覚えやすいです)

     ━━━━━━━━━━━

【日本の徴兵制の始まり】

● 時期: 1873年(明治6年)
● 対象: 満20歳の男子
● 仕組み: 抽選で選ばれた者が、常備軍として3年間の兵役に就きました。当時は、お金(代人料)を払うことや、一家の跡継ぎ(戸主)であることなどで、兵役を免除される仕組みが多々ありました。

【日清戦争(1894~1895年)の頃はどうだったか】

● 制度の変化: 日清戦争が始まった1894年(明治27年)の少し前、1889年(明治22年)に徴兵令が大きく改正されました。これにより代人料による免除が廃止され、国民皆兵の原則がより厳しくなっています。
● 動員の実態: 満20歳全員がすぐに入隊したわけではなく、当時の徴集は対象者の数パーセント程度でした。
●戦争の規模: 日清戦争では、日本軍はおよそ24万人が動員され、戦地へ送られました。

      ━━━━━━━━━━━

 ちなみに、日露戦争(1904-1905)での動員等は以下(平凡社『ロシア・ソ連を知る事典』による。いずれも概数。異説あり)。

【ロシア側】

●動員 115万
●戦死  5万
●負傷  15万
●捕虜  7万(日本軍に捕まった捕虜)

【日本側】

●動員 100万
●戦死  8万4000
●負傷  14万3000
●捕虜 2000

Re: 家庭ゴミと事業ゴミ - 吉澤稔雄

2026/09/29 (Tue) 21:49:57

基本的に事業所のゴミは家庭ゴミの集積所に出すことはできません。そこで、事業所は認可を受けた処理業者に依頼してゴミを処分してもらうのが通例です。

契約にもよりますが、通常週に1度か2度、処理業者が事業所に回収に来ているはずです。その業者に頼めば、すぐに持って行ってくれます。業者がパッカー車に放り込んで、ガガーッと圧縮して、それでおしまい。わざわざ自社の焼却炉で燃やす必要などないわけです。

まぁ、ほんとうに捨てる気があればの話ですが……。


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